地球連邦図書館 宇宙の果て分室



(扉)  (入口)  (カウンタ)


【地球連邦図書館 宇宙の果て分室】


 暗闇の中、物音ひとつしない空間に微かな振動が伝わった。

 と、それに気付いたかのように中央コンピュータが目覚めた。
ウィーンという微かな音が響くと同時に、ポッと青白い光点が輝く。一瞬遅れて、 青白く、または赤く、そして緑色に無数のランプが点滅を始める。
そして、数秒後、全てのランプがオールグリーンを示すと、間もなく、生命反応が ふたつ映し出された。
 どうやら、瞬間物質輸送機が使用されたらしい。
 別のフロアの扉が開き、ふたつの人型生命体がそこに現れたのだった。


 「宇津木館長? ここ、一体、どこなんですか?」

 低くもなく、だが、決して甲高くはない、どちらかといえば美しいといえるだろう その声は、明らかに女性のものであった。
言語は地球/極東地域で使用される日本語。
 薄闇の中、覗き込むように目を凝らして様子を伺ってはいたが、その声からは、 おそるおそるというよりは興味津々なのを精一杯押し隠そうとして、だが、わくわくする 気持ちがこぼれ落ちてしまっていた。

 隣りに立つ男が、くすりと笑った。
「理由は後ほど説明しますので、とにかく一緒に来て下さい」
としか伝えられていないのに、この好奇心の強さは見事である。
見知らぬ場所にいて危険を感じないというのは、余程神経が図太いのか、或いは、 そこが(この娘にとって)代え難い場所であることを本能的に察知しているのかは、 不明であるが。

 「宇宙座標○×△、地球からの距離○×△宇宙キロ。つまり、宇宙の果て、と 言っても過言ではないかもしれませんね」

 男が部屋に足を踏み入れると、ほんわりとした明かりがあちこちに灯った。
 満足げに絨毯の敷いてある床を踏みしめて歩き、ふと足を止める。
そして、くるりと振り向き、両手を広げ、笑みを浮かべた。

 「ようこそ。地球連邦図書館・宇宙の果て分室へ」

★  ★

 「宇宙の果て分室!? そんなものが、ウチの図書館にあったんですか!」
 宇津木に続いて部屋に入ってきたのは、すらりと背の高い女。
名を、瀬戸柚香という。
連邦図書館の職員であり、つまりは、宇津木の部下である。
 興味深そうにあたりをみまわす。

 部屋の入口をくぐると、左手に【受付】と書かれたカウンタがあった。

 働いている職員は、もちろん、誰もいない。
その奥は行ってみないとわからない。

 「あの。館長、入ってもいいんですよね?」
言うが早いか既に進み始めている柚香だが。
宇津木は苦笑しつつも、どうぞ、と一応は返事をした。

 「ここ、何が置いてあるんですか?」
嬉しそうに言った柚香の視線の先には、天井まで届くほどの書棚がいくつも平行に 並んでいた。その奥には更に部屋があるらしく、いくつもの扉が見える。
「うわぁ」と、柚香は声にならない驚きをあげた。
棚に並んでいる本の多くは、貴重本と呼ばれるものであった。

 ふと気づけば、カウンタの脇には検索機が置いてある。
 スイッチを入れ、操作をする。
モニタに現れたデータを見て、柚香はぎょっとした。
――やはり、そこには膨大なデータが詰め込まれている。
【門外不出】とか【第一級機密資料】とか、そんな注意書きが付いていても笑えない ようなものも多い。
かと思えば、保存の必要があるのかどうか疑わしい資料も、これまた多く。
 「館長、これ――?」
戸惑う柚香の声に、宇津木は嬉しそうに笑った。全ては、これからなんですよ、と。
「ここを造ったのは、時の科学技術庁長官である真田くんです」
はぁ? 柚香が盛大に眉を顰めた。
そんな話は聞いたことがない。職権乱用、天下り先、という言葉が頭をよぎった。
いや。まだ、引退はしないだろうけど、と思い直してみたりして。
 「彼が長年にわたって、異星の科学技術や文化に関する資料を集めていたのは知 っていますね? もちろん、軍の資料室に機密扱いとなって保管してあるものもあり ますが、それだけじゃなかったんですよ。地球人類に手渡すにはまだ早い――そう 思われるものを集め、密かに持ち出していた。
ここにあるものの多くは【その時】が来るのを待っているのです」

 宇津木はイスカンダルへの旅の時からの、真田の同志であった。
 心底、信頼し合っている。

 それらの情報を宇津木が管理していたのだが、さすがに地球上に留めておけなく なってきた。そこで、情報の置き場を真田が(あの激務の中)こっそりと造り上げ、 ここへ移譲したというわけだ。
 柚香の頭を、職権乱用、公金横領という単語が再びよぎるが。

 だが、と宇津木が言う。
「ここへ資料を移す段階で、バグが発生しましてね。少々情報に混乱がでました。
貴女にはわかりますね?」 
言われて柚香は納得した。
 「だから、玉石混淆なんですね?」宇津木は頷く。
「それらの管理を貴女にお願いしたいのです」と。
 勿論、柚香に断る理由はない。
何しろ、どんな情報が隠れているのか、興味津々である。

 「あぁ、それからですね。向こうの扉に続く部屋へは、真田くん以外は入れません。
注意して下さい」
 取って付けたように宇津木は言うが。柚香は、これには素直に頷いた。
【他の人間を入れない】ための、真田の仕掛けたトラップなど、絶対に触れたくないと思う 柚香であった。

 「それからですね」
「――館長、まだあるんですか?」
柚香はげんなりとする。まあまあ、そう言わずに、と宥められる。
こちらへいらっしゃい、と宇津木が振り返って手招きをすれば、そこには、二頭身かと 見まごう人間がひとりいた。
「ここ、宇宙の果て分室専属のアルバイトの、ポトスくんと言います。彼女は、真田くん の為ならどんな無理難題であろうと一生懸命働きますから、いろいろ教えてやってくださいね」
 「ああああああ、あのっ。真田長官を尊敬してますっ! よろしくお願いしますっ!」
 ととと、と言った感じで駆けてきたポトスの、ぺこりと下げた頭がカウンタにごいんと ぶつかったのは、ベタだろうが。
いたた、と頭を押さえて後ずさった拍子に尻餅を付いたのは、どう考えてもわざとではない だろう。――かなりのおっちょこちょいと見受けられたが、柚香はあまり気にする様子もなく 「こちらこそ、よろしく」と小首を傾げた。 

 そして。
「さて。何から始めましょうか」
柚香は嬉しそうに、袖を捲り上げたのだった。

ここからはあなた次第です。
去るも、進むも。
お気軽にお立ち寄り(するにはちょっと遠いですが)ください。

あれれ、なにか落ちてきましたが……。
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