祝発行・文庫版
『宇宙戦艦ヤマト復活篇妄想第二部 雪奪還篇』
大和書店開店準備篇

written by ポトス

天高く、馬肥ゆる秋。
その名の通り青く澄んだ高い空を窓から見上げた。

「小春日和」と呼ばれるに相応しいこの陽気に誘われ、今日は多数の人出が予想される。
芸術の秋、スポーツの秋、食欲の秋と様々に言われる季節ではあるが、中には突如として読書家に変身する輩も少なからずいるに相違なく、いや、書店としては是非そうあって欲しいものだと願いつつ、あの手この手で集客に努めている身としてこの天気は大変喜ばしい。なぜなら、今日は大きなイベントを予定しているからである。

真田志郎、48歳。
ここ、大和(やまと)書店の店長である。

店内では予定されるイベントを含めた開店準備に、誰もが忙しく立ち働いているものの入り口の様子が気になっているのは見て取れた。
入口付近にはの窓ガラスにには、既にお客様が集まっている様子だ。

真田は店内を見渡す。
開店時間まで3分を残し、準備はほぼ終了している。皆の少しの緊張とともに期待に胸を膨らませている様子に、あの決断が正しかったことを確信する。

1週間前の出来事である。

店長・真田は店の入口近くにある平台の前で、両手を腰にあて仁王立ちになっていた。

真田はデカい。
書店内のどの棚にも踏み台無しで手が届くほどの長身である。
あるかないかわからない眉の下では、ぎょろりと黒い目が光る。
若い頃の角刈りも改め、今ではオールバックに撫でつけた黒髪も麗しく。
まるで相手を威嚇するかのような、つまりは客商売にあるまじきその姿を幾分でも緩和しようと努めているのか、青いバイアスで縁取られた黒地のエプロンには、小さなうさぎの姿が縫い止められている。
何ともシュールなその姿が来店する女性たちの賞賛を得ていることには、男子の多い店員一同、首を傾げるばかりであったが。

さて。
ただでさえ厳つい顔をしかめつつ、真田が眉間にしわを寄せているのには理由がある。
(この際、眉があるのかどうかという問題は、横に置いておこう。)

手違いがあり、本日発売予定の新刊が届かなかったのである。

日本の出版流通システムは優秀である。それでも想定外の事態は起きるものだ。
だが、ゼロではない可能性に備え、準備を怠らないのが真田なのである。こんなこともあろうかと、平積みにする候補は常に複数を用意しているため、次点を並べれば済むことではあったが、なぜか小さな違和感を感じていた。
真田は己れの直感を決して疎かにはしない。経験と技術に支えられたカンは、検討するに値すると信じている。

その時、ふと、真田の視線が何かを捉えた。
カウンターレジの前、つまり、あるはずのない場所に段ボールがひと箱置いてある。
疑問が浮かんだ瞬間に、回答を得た。

「面白い本があるんですよ」と、アルバイト上がりの店員・島次郎が得意満面に仕入れてきたものだ。確か、妻を捜しに行く男の愛とスリルのハードボイルドロマン、と言っていた。

どれ。
真田は箱に手を掛けた。

ふむ。
77maru77? 聞いたことのない名だな。一体何と読むのだ?(読めなければ著者順に並べられないではないか)
ああ、成る程。これが初めてなのか。(俺が知らないのも道理だ)
挿し絵が「井山JET遼」?
最近のペンネームとはこういうものなのか? 奇抜さを狙ったにしてはあか抜けせんが、まあ、芸術を志す者の感性とやらは俺にはわからん。

厳つい表情を崩すことなく、尋常ではないスピードでページを繰ること3分。
にやり、と真田の口の端が上がった。

「徳川!」
「はい?」
間髪を入れずに背後から返事があった。
「平積みにする新刊、決まったんですか?」
ベテラン書店員の徳川太助が真田の手許を覗き込む。ぽよよんとした体型でニコニコと笑ってはいるが、無能ではない。お客様の前では瞬時に頼もしい壮年の男に変身するという、奇特な技能を習得していた。

「へえ、新人作家ですか。島が仕入れてきたヤツですよね」
大丈夫なんですか? と言わんばかりに、ちらりと送ってきた視線は店長権限で完全無視。
「開店までに終わらせるように。作業はバイトの連中でできるだろう」
「はい、はい、はーい!」
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーーん!」
飛び出してきたのはアルバイトの天馬兄弟である。
その南国風果物を連想させる頭髪は何とかならんのか、と思いつつも、客受けは悪くないようなので今のところは大目に見ている。そのうち、男子たる者適切な髪型に指導しようと目論んでいる事など、知る由もないだろう。

「慌てず急いで正確にな」
「合点承知の助だいっ!」
勢い込んで返事をしたものの、店長の一瞥に一瞬にして押し黙った。
騒々しいことこの上ない連中だが、職務遂行能力は確かである。
ふたりは、早速、作業に取りかかった。

「徳川!」
スイッチの入ったらしいその声音に、太助は身構えた。
「来週、この著者のサイン会を開催する」
出た! 無茶なこと言うんだよ、この店長はと思いつつも意見を言ってみる。
「時間がない? そんなのは理由にならん。連絡と諸手続、それから集客は島にも手伝わせろ」
「わかりました」
6連発強行命令が下されては堪らないと、そそくさと店の奥へと姿を消した太助であった。

真田はイベントまでの予定に頭をフル回転させながらも、ふと足を止めた。
「その一番上のものはカバーが0.6ミリ曲がっている。念のため、他のものも確認してくれ」
「了解しました!」
パイナップル兄弟の小気味好い返事に気分を良くした真田は踵を返した。

「いらっしゃいませ」
壮年版徳川の声に、真田は我に返った。
オープンと同時に大勢の客が入ってきた。誰もが、手にサイン会の整理券を握っている。

ゲストも無事到着した。
このイベントが首尾良く準備万端整ったのは、運の良さもさることながら、店員一同の奮闘の賜である。

「ようこそいらっしゃいました。サイン会は、30分後に始まります」
真田はそっとほくそ笑むと、にこやかに営業用スマイルを浮かべた。

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04 NOV 2011 written by ポトス
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