「ほら、危ないぞ、美雪」
突然、頭の上から降ってきた木の落とし物に、びっくりしたような目をしたかと思うと、ころころと駆け出すようにそれを追いかけて手を伸ばす娘を、古代進は抱え込むようにしてそう言った。
「いや。お父さま。離して」
いやいや、とむずがるようにすると、その温かいものは、するりと進の腕をすり抜けて駆け出そうとする。「きれいなの。なに!?」
仕方ないなぁ、と苦笑すると、古代は立ち上がろうとし、娘の好奇心に付き合うことにした。
いいですよ、艦長。僕が、と言って立ち上がったのは島次郎である。奉職して3年。軍には入らず、科学畑から宇宙を目指した彼は、今年ようやく
「美雪ちゃん、危ない。あんまり離れたところへ行っちゃ、だめだよ」
「いやっ。次郎お兄ちゃん。あっちに行く」
学校へ上がったとはいえ、美雪はまだ幼い。女の子の常でこまっしゃくれたところもあるが、ひとりっ子で普段父も母も忙しいから、居るときは思いっきりの甘えん坊さんだ。次郎のことも年の離れた兄だとでも思っているらしく、わがままを言いやすいと決めている。
少し駆けていくと、林の入口で「お兄ちゃん、こっち!」と手を振り、「お〜い、遅いぞ」と言った。本気になればすぐに追いつくはずなのに、「参ったなぁ、」と言っている次郎も、遊んでやっているのである。その様子を目を細めて眺めている古代である。
秋のピクニックにやってきていた。
島次郎が言い出したことだ。
とその柔らかな口調で言われて、「そうかな」と休日を連れ出した父親である。
婚約期間が長かった、とはいえ、美雪が生まれたとき、まだふたりは十分若く、二十代半ばだった。現在はさらに結婚年齢は下がっていて、
進は心温まる想いと、少し複雑な胸中を秘めて、枯葉と紅葉の中で駆け回る若者と娘の姿を見ていた。
(あの子たちはどんな時代を過ごすんだろうな――)
次郎の兄・大介。
俺たちを守るために、戦いの終わりに、あの
幼い頃を地下都市で過ごし、ただひたすら強く明るく家族を支えてきた次郎は、兄の分も、俺たちの明るい光であり続けた。その明るい瞳が、憎しみの色を向けていた時期もあったけどな……。古代はそれでも、わが弟のように、その若者を愛しげに見つめた。
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