惑星ファンタムに探索隊が降下して数時間経った頃、幻覚を見るという現象が次々と古代の元へ報告されて来た。その異変に気が付いたのはアナライザーが最初だったが、誰もがその『降下シテハイケナイ』という意見に耳を傾ける者は居なかった。誰の目にも地球そっくりの風光明美な惑星にしか見えなかったからだ。あまつさえ、人類と思しき姿は発見されず、地球人類の移住には最適だと皆が思った。
古代自身も沖田艦長の幻覚を見た。
その幻覚は死んでいる者、生きている者の区別はなく、飼っていた動物や英雄の丘のモニュメントだったりして、いよいよ現場は混乱してきた。
古代たちには地球型の惑星に見え、ガルマン・ガミラスから派遣された技術者には自分達の本星に見えるという不可思議さで、脳に直接映像をキャッチしているのだろうという真田の見解が一応的を射ていると思われた。
しかし、その映像を流しているのは誰だ?
この惑星に住む土着人が超能力を持っているのだろうか?
なにより古代の心を揺らしたのは、手が届きそうなところにリアルに実在している沖田がひと言も声を発してくれないという寂しさだった。これが夢ならば確実に沖田は自分に笑いかけ、
「やぁ、古代。旅はどうだね?手こずっているだろう」
と朗らかに声を掛けてくるはずだ。
地上にはガミラス技術者と共同の惑星探査キャンプが設営され、それぞれが持ち寄った様々な計器類で惑星の調査が続けられていた。
「移住地が見つかった祝杯でもいかがですかな? 古代艦長」
「…佐渡先生」
古代が咎めるように嘆息したのには、佐渡が酒瓶を手にして酔っ払っていたからだ。幻覚を見せることがクリアされなければこの星には住めないのに。
「まぁ、固いことを言うな、古代。この怪奇現象だって、こっちが酔っ払ってしまえば相殺されるんじゃないかのう」
「それ、佐渡先生の人生訓ですか?」
「あぁ、わしゃ、いつも酔っぱらっておるよ。だからコレを飲んで幻覚は見なくなった」
「…先生。それ、本当ですか?何も可笑しなものは見えませんか」
「最初は見えた。だが、今は見えん! だからお前も飲め、古代」
論理がむちゃくちゃだと感じながらも、この惑星への地球人類の移住を熱望していたのだから、どんなことでも肯定的に受け入れたいという気持ちもあった。
古代は佐渡からグラスを受け取り、酒瓶から注がれたその赤い液体をぐっ…と、飲み干した。
「すっぱ! …なんですか、これは。味は赤ワインに似ていますけど、先生いつも日本酒じゃないですか。…まさか! 機関室で変な酒を密造したんじゃないでしょうね!?」
「そりゃウィスキーなら機関室じゃが、葡萄酒なんかシロウトが作れやせん」
「…なら、これは何処で、手に入れられたんですか?」
古代が眉間にシワを寄せた厳しい顔つきで佐渡を追及すると
「ここじゃ」
と答えて寄こした。
「ここ?」
「わしが葡萄の樹が並ぶ畑に迷い込んで、これを全部葡萄酒にして飲み干してやりたいと思ったら、酒瓶が目の前に積まれておったんじゃよ。そこから1本取った」
「…は?」
幻覚が見せた葡萄酒を飲んでしまったということか。飲める事にも驚いたが、佐渡がそれを疑問に思わず口にして、幻覚の葡萄酒だということを忘れてしまっていることにも驚いた。
古代の首の後ろが、ふいにぶるりと震え、眩暈を感じた。
…「まぁ、身体になんの異常もないならいいじゃないか、古代。…しかし、お前までうっかりとそんなものを飲んでしまうとはな、どうかしているぞ、くくくっ」
キャンプの真田は葡萄酒の瓶を古代から受け取ると、ピペットに取り、検査器具にかけていた。
「笑い事じゃありませんよ、真田さん。俺の血液検査もしてください」
古代はぐっと左腕を差し出すが、真田はぺちんと叩いただけだった。
「毒が含まれていたらとっくに佐渡先生もお前も死んでいるさ。知っているか? 青酸カリを飲むときは赤ワインが一番飲みやすくていいんだ」
「それでなくてもヒヤヒヤしているのに、そんな物騒な話、やめてくださいよ」
「そうか? 俺は真面目な話をしているんだがな。…俺たちが第二の地球を探し出すことが出来ず、膨張する太陽の制御も出来ないことが決定的になったら、少しのノアの箱舟に地球人を乗せて脱出させた後、大多数の地球人は焼け死ぬ前に安楽死させなきゃならない。もちろん俺は最期まで地球に残り、熱に強い妖怪に姿を変えさせてでも人類を生かす希望は捨てないがな」
検査器具の中で遠心分離する葡萄酒を眺めながら、真田は淡々とそう語った。
それは確かに事実だろう。ジワジワと太陽の熱に焼かれて干からびるなんて死に方は確かに自分もしたくない。
「…そんなプレッシャー、かけられたら、足が前に出せなくなるじゃないですか…。95%の確率で、この惑星が移住には不向きでダメになってしまう予感は俺もしていますけど。地球が太陽の熱に飲み込まれる日は確実に迫っているのに、ヤマトの進路を何処へ向けたらいいのか、何も決められないなんて…!」
「大丈夫さ、古代。お前には、こんな怪しげな液体を勧められるままに飲むという大胆さがある」
「それ、慰めになってませんから。…真田さん」
「はは、検査結果が出たら報告するよ、古代艦長」
真田から『古代艦長』という呼びかけが発せられたらそこで会話は終了という合図だ。
古代は打ちのめされたような気分で真田の実験室を後にした。